和歌と俳句

齋藤茂吉

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晝と夜

ぬばたまの 夜空に鷺の 啼くこゑす いづらの水に おりむとすらむ

いたきまで かがやく春の 日光に 蛙がひとつ 息づきてゐる

最上川の なぎさに近く ゐたりけり われのそがひは うちつづく雪

瑠璃いろに 光る昆蟲 いづるまで 最上川べの 春たけむとす

われに近く 常にうごきて ゐたりけり 川にひたれる 銀のやなぎの花

一冬を 雪におされし ははそ葉の 落葉の下に いぶきゐるなり

うちわたし いまだも雪の 消えのこる 最上川べに ひるがへる

蕗の薹 ひらく息づき 見つつをり 消のこる雪に ほとほと触れて

啼きのぼる 雲雀のこゑは 浄けかり 地平はいまだ 雪のしろきに

春光

あまつ日の 光あたれる 山なみの つづくを見れば 白ききびしさ

たまたまに 雲は浮かびて 高山の なまり色なす かげりをぞ見る

うかびでし 白き山々 空かぎる そのおごそかを 目守りてゐたり

ひといろに 雪のつもれる のみにして 地平に遊ばむ たどきしらずも

きさらぎの 空のはたては 朝けより おほに曇りぬ その中の山

眞白なる 色てりかへす 時ありて 春の彼岸の 来むかふ山山

三月の 陽しづまむと 南なる 五つの山の 雪にほはしむ