和歌と俳句

齋藤茂吉

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越年の歌

おのづから みのり豊けき 新米を をさめをさめて 年ゆかむとす

みちのくの 鳥海山に ゆたかにも 雪ふりつみて 年くれむとす

もろもろは こぞり喜びし 豊の年の 大つごもりの 鐘鳴りわたる

健康の こころきほひて 女男 ひかり新しき 年をむかへむ

逆白波

かりがねも 既にわたらず あまの原 かぎりも知らに 雪ふりみだる

最上川 逆白波の たつまでに ふぶくゆふべと なりにけるかも

きさらぎに ならば鶫も 来むといふ 桑の木はらに 雪はつもりぬ

人皆の なげく時代に 生きのこり わが眉の毛も 白くなりにき

冬眠に 入りたる蟲の しづかさを 雪ふる國に われはおもへり

北國より

おのづから 心は充ちて 諸聲を あげむとぞする 國のあけぼの

冬眠に 入りたる蟲の しづかさを 雪ふる國に われはおもへり

老びとの 吾にこもれと かきくらし 空を蔽ひて 雪ふり来る

供米の ことに関はる ものがたり ほがらほがらに 冬はふかみぬ

かぎろひの 春来むかへば 若きどち 國のまほろに 競ひたつなり

歳晩

たまさかに 二階にのぼる こんこんと 雪降りつむを 見らくし好しと

窓よりも 高くなりたる 街道を 馬橇くれば 子ら聲をあぐ

歳晩を ひとりゐたりけり 寒々と よわくなりたる 身をいたはれば

冬の夜の 飯をはるころ 新聞の 悲しき記事の ことも忘れるる

青山に 焼けほろびたる 我家に 惜しきものあり 惜しみて何せむに