鳥海の まともにむかふ この家は 青わたつみを 中におきける
日本海 まともにしたる 砂の上に 秋に入りたる かぎろひの立つ
いちはやく 立ちたる夜の 魚市に あまのをみなの あぐるこゑごゑ
あけびの實 うすむらさきに にほへるが 山より濱に 運ばれてくる
海つかぜ 西吹きあげて 高山の 鳥海山は 朝より見えず
もえぎ空 はつかに見ゆる ひるつ方 鳥海山は 裾より晴れぬ
魚市の 中にし来れば 雷魚は うづたかくして あまのもろごゑ
この見ゆる 鳥海山の ふもとにて 酒田の市街は 浪の上に見ゆ
元禄のいにしへ芭蕉と曽良とふたり 温海の道に 疲れけらしも
旅人も ここに飲むべく さやけくも 磯山かげに いづる水あり
鳥海を ふりさけみれば ゐる雲は 心こほしき 色に匂ひつ
かすかなる 時宗の寺も ありながら 堅苔澤の 磯山くもる
鳥を追ふ こゑの透りて わたるころ 病ののちの 吾は歩める
浅山を わが入り来れば 蟋蟀の 鳴くこゑがして 心は和ぎぬ
家いでて 吾は歩きぬ 水のべに 桜桃の葉の 散りそむるころ
最上川 ながるるがうへに つらなめて 雁飛ぶころと なりにけるかも
健けき ものにもあるか つゆじもに しとどに濡るる 菊の花々
とし老いて はじめて吾の 採り持てる アスパラガスの くれなゐの實よ
朝な朝な 寒くなりたり 庭くまの 茗荷の畑に つゆじも降りて
最上川の 対岸もまた 低くして うねりは見えず 直ぐに流るる
おそろしき 語感をもちて 「物量」の文字われに 浮かぶことあり
うるし紅葉の からくれなゐの 傍に 岩蕗の葉は 青く厚らに
大石田の 山の中より ふりさくる 鳥海山は 白くなりたり