和歌と俳句

齋藤茂吉

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狭間田

紅き茸 まだ損せざる 細き道 とほりてぞ来し 山に別ると

しぐれ来む 空にもあるか 刈りをへし 狭間田ごもり 水の音する

山かげに 響きをたつる 流れあり 瑠璃いろの翡翠 ひとつ来啼きて

牛蒡畑に 桑畑つづき 秋のひかり しづかになりて わが歸りゆく

いへいでて 河鹿の聲を ききたりし おぼろけ川にも 今ぞ別るる

蓬生

秋雨と おもほゆるまで 降りつぎし 山の峠に 寒蝉きこゆ

丈たかく なりて香にたつ 蓬生の そのまぢかくに 歩みて来る

最上川の 水嵩ましたる 彼岸の 高き平に 穂萱なみだつ

日をつぎて 水かさまされる 最上川 デルタの先が 少し出で居つ

ひとむらの 川原母子を かへりみて 我が歸らむ日 すでに近しと

鹽澤

あさぎりの たてる田づらを とほり来て 心もしぬに われは居りにき

もみぢ葉の からくれなゐの 溶くるまで 山の光は さしわたりけり

をさな等の 落穂ひろはむ 聲きこゆ わが去りゆくと 寂しむ田ゐに

ひとりにて 屡も来し 鹽の澤の 観音力よ われをな忘れそ

はるかなる 南の方へ 晴れとほる 空ふりさけて 名残を惜しむ