和歌と俳句

齋藤茂吉

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梅雨

平凡に かくのごときか 浅草の 梅雨に濡れて われはゐたりき

かたむける 午前三時の 月かげを われは愛すと 人につげめや

ありさまは 淡々として 目のまへの 水のなぎさに 鶴卵をあたたむ

老ゆといふ ことわりをわれ 背に負ひ 心あへぎし 記憶たどらむ

鰻の子 さかのぼるらむ 大き川 われは渡りて こころ楽しも

黄になりて 梅おつるころ 遠方に アラブ軍師團 ヨルダンわたる

紅梅の實

紅梅の 實の小さきを 愛せむと おり立ち来たり われのさ庭に

くれなゐに にほひし梅に 生れる實は 乏しけれども そのかなしさを

わが庭の なかに梅雨の ふりそそぐ ころとしなりて 友の病はや

人に酔ふといふことあれば 銀座より日比谷にかけて われ酔ひにけり

おもひいづることあり夏のみじか夜に 金瓶の蚤 大石田の蚤

左背部の 鈍痛かこつ きのふけふ 夏至になりたる ことも忘れき

かへりみむ 事ありとしも おもほえず 年のなかばは 過ぎゆきにける

福井市を 中心とする 震害のこと氣にかかり いまだねむらず

雨とほく こもる光の 消えながら 七月三日 かなかな鳴きつ

わが氣息

わが氣息 かすかなれども あかつきに 向ふ薄明に ひたりゐたりき

三椀の 白飯をしも こひねがひ この短夜の 明けむとすらし

隣人の さ庭にこごる 朱のあけの 柘榴のはなも 咲くべくなりて

やみがたき 迫る聲とし おもはねど わが庭の松に 松蝉鳴くも

寒蝉も すでに鳴かずと あきらめて それより後の ゆふまぐれどき

今ごろに なればおもほゆ 高原の 葡萄のそのに 秋たつらむか

山鳩

山鳩の つがひ目のまへに 止まりゐて その啼くこゑは 相むつむなり

われつひに 心なかりき 八月の 木立に雨の そそぐを見つつ

もろ膝を われは抱きて 山中に むらがる蝉を 聞きゐたるのみ

午前より 鳴雷のおと 南より 移りきたりつ 雨晴れむとす

たたかひに やぶれし故と この庭は おどろとなりつ 見る人なしに