和歌と俳句

齋藤茂吉

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夜もすがら 寝ぐるしくして 居たりけり 今年の強羅 しづごころなく

衰へて わが行けるとき 箱根なる 強羅の山に うぐひす啼くも

山鳩が おもひだしたる 如く啼く 強羅の山に しづかにし経む

明星が嶽をうづむる 霧のなか 鳥の啼くこゑ したに聞こゆる

合歓の花 あかつきおきに にほへるを この山峡に ひとり目守らむ

さ夜ふけて とらつぐみ啼く ころほひと なりにけるらし ここにもきこゆ

この山に とらつぐみといふ 夜鳥啼くを 聞きつつをれば われはねむりぬ

われおいて しばしだにこそ 目守りけれ 強羅の山の 十三夜の月

谷底を ふかく雷鳴る 音のして 寝ぐるしかりし 夜は明けむとす

仙石原の 方にあたりて 雷が鳴る はげしき雨の 降りくるなかに

うつしみの われに聞こゆる よすがとぞ 強羅の谷に 啼くほととぎす

山に来し われのごとくに ひぐらしといふ山蝉は 陰気をこのむ

蝉のこゑ あわただしくも なり来り そこはかとなく 秋立つらしも

鴉啼く 強羅の山に わが居りて いかになりゆく 定命なるべき

あやしくも 箱根の山に われ目ざめ 行方も知らぬ おもひをぞする

こほろぎの ひたぶるに鳴く ころほひに われの心は しづまりかねつ

宮城野へ おりて行きたる 茂太をば 心にかけて ひたぶるに居る

夕まぐれ 強羅をくだり 行きたるが 今はふもとまで 著きたるらんか

山中に われは来りて こもれども 甲斐なきかなや 身は衰へて

きぞの夜も けふの夜中も おのづから 息ぐるしくなり 箱根をくだる