夏舟の うき葉の水の 夜も見しか 蓮なき里に 人髪老いぬ
春むかし 緋ざくら立てる 花かげに 少女の我と なりにける里
垣たまたま 連翹黄なる 春の小径 小雨の里の 人に寄りこし
春の窓 よるふる雨の ささやきや 琴にさし櫛 ふれにけるかな
こむらさき うすれむらさき 野の雨に われと別れし 魂たそがれぬ
春の袖 かざすに額の 栄しらぬ 黄雲ゆるゆる 大和へ越ゆる
おつる裾に しら梅きゆる 春髪の 五尺を歌の 妻が二十よ
夜は雨に わかたむ夢は 坂こえず 碓氷のあなた 里の名もしらぬ
門川に いくたり見たる 朝髪ぞ 老いにけらしな わが恋の夢
告げたまへ 伽藍の九月 興いかに 金の柱に 春を病みし君
夢に得て 西を追ひにし 小傘なき子 ながれ空しく 人おもはしむ
西かぜよ 秋野にあまる 少女ごころ 片うつろひを 髪にもとむな
橋すぎて 出町になほも 二人なりき 京さむかりし しら梅月夜
世や春や 遠きゆふべや 小鼓に 御池の花の 船の子なりし
楓こみち わかきふたりは 御供の子 真淵の墓の 南品川
たのもしう 米山こえて 見む雲に うつれと撫でし 髪にやはあらぬ
春とのみ いなせし興を 追ひわびて 桃にゆびかむ たそがれの壁
層塔の 春暁靄の かたむらさき 岡崎朝の 御夢に入るや
梅にしのぶ 頭巾なさけの 水浅黄 浪速は闇の 宵の曾根崎
黄金雲は 精舎花ちる かぎろひか 山の夕鐘 京にはぐれぬ