和歌と俳句

與謝野晶子

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詩の春の 二十むつまじ 高野川 柳わが髪 彩波つくる

御墓御墓 梅によこぎる 谷中みち ひそかに呼ばむ 名の趣味もたぬ

ゆふべ毎の 小舟恋なき 川なりし 和泉をめぐる 水と見る流れ

春老いては 鏡にもらす 歌ぞ多き 二十なりける 湯の山の宿

母遠うて 瞳したしき 西の山 相模か知らず 雨雲かかる

母いくつ 春をうらやむ 梭のうた 藪をへだてし 小椿の家

こむらさき 春狎れやすき 神と見て 御袖にそへし 詩長きばかり

ひきますや 朝連翹の 春の御戸 ゆるせなふたり 歌に寝たらぬ

明日もたぬ 露の武蔵の 草ごもり 人わかうして 夢によろしく

薬師籠もり 御薬師仏を 君とよびて しだれ緋桃の 日記つむ御堂

返し歌の 春よき里の 里かりね 緋桃二十日を 花ちらぬ里

梅は鬢に よき香おもねる 朝いぶすま 啼くにうぐひす 寵わすられむ

こぶるに笑み 痛むるに恋 よぶに歌 かくて桂の 葉にふさふ我

しろ百合に しらぎぬきせて 溪を出づと 誰が子はたちの 山の湯の御記

花みなに 真紅さかする 夏のちから いつ移りてと 血におどろきぬ

恋は紅梅 詩はしら梅の 朝とこそ 湯の香に明けし 春の山物語

花ぐさに ひと夜がたりの 頬のほつれ 濡れてぞ雨よ 母に帰らじ

二十びと 夢のながれの 小笹舟 いささか君を 春に導かむ