雪の箱根 こえこし痩の 都びと 掩ひの紅絹に 梅ちりし国
平和の 神の御帖に 名もあらむと おもふ我ぞ 老いにけらしな
酔へる蝶は 小百合のほかに 花しらず 幸あるかなや 瞳ちさき君
垣のふた葉 ある夜南欧の 旅びとの 壁にのこさむ 名の後あれな
大和こゆる 歌のひと夜の 長谷の御寺 雨よ細うは 降りにしものか
もとめむの 水はいなみぬ 恋さらに 秋のことばを 石に語らせむ
百二十里 かなたと星の 国さしし 下界の京の しら梅月夜
初日かげ わがこの君を 誰にやらむ 北なる帝に 恋は足らずよ
しら梅に 妻袖ながき わか水や ひがし幸ほげ 笑ます詩の朝
折り得し 後のひと夜の 春の人 みじかき春の 人に梅ちる
縹色さびし 森の被衣に 恋のむかし わかき武蔵を 小川かたる日
をしへます 二十は知らず 袖でまり 妻にはあらぬ 美しき子ぞ
病むひとの 母屋のすだれに 蛍やりて 出づる車の 君が夏姿
芍薬に 毒さす夜の 濃青雲 はしるすがたに 笑む子見つるや
歌しらぬ 身は要もなき 夕ぞと うたた寝なさむ ひと時たまへ
讃ぜむに おん名は知らず 大男 花に吹かれて おはす東大寺
夜の室の しら梅透る 八重ごろも 御母の神に 夢よはぐるな
鐘につづく やさあしあとの 堂の階 陀羅尼日傘の なかにさそはむ
草に長き 流の秋の ふる川や 緑に去りし 夢の浮ばぬ
母にいにし 昨日の魂や 闇にまどふ しら梅ちさき 戸はうすみぞれ