わかき君の きさらぎ寒の 堂ごもり 勢至菩薩に 梅ねたまれな
朝の湖に 紫ときし 春の君 くろ髪君に 夢きく秋か
手に袖に 裾ににほへの 夏のうた 椽の小百合に 宵ふけらせよ
人泣かせて われと泣かるる 恨おほき 里居しぬれば おとろへぬれば
春の夜を 化物こはき 木幡伏見 相ゆく人に 宇治は弐里の路
山吹の 岡に伏目の 春さめ雲 きてうぐひすが 上羽を洗へ
忘れては 柳にあゆむ 大河ぞひ 人の船夢 のろふ子ならぬ
かくの別れ 秋に心を もたざらば ゑにしは蘆の ひと夜とやらじ
わがこころ 何を追ふらむ 片まどひ 凝らすひとみに はてし無き闇
山ずみの 深き井をくむ 春のくれ ひと重山吹 わが恋ごろも
二の尼の 紫衣にゆふべの うすざくら 御供養はてし 松が岡出でぬ
草の戸の 西うす月の 京は百里 庭のしら梅 母にちる夜か
連翹の となりへそれて 鶯は 啼かず小竹に 降る春の雨
躑躅あかき 春真言の 大寺や 山に浪きく 西の讃岐路
袖もろとも 枕きては人ぞ やはらかき 腕しろうして 心飢ゑざる
うながされし 嵯峨はゆふべの 水のさと 兄訪ふ人に ちひさう添ひぬ
旅のなさけ 春野の水の ながれぶし 人は近江へ 梅暮るる京
くらきかたに そらどけ長き 宵の髪 はべるともなき しら菊の里
集にみるは みどりの春の 夢すがた 色なき石を 巻く髪の毛よ