和歌と俳句

與謝野晶子

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水を出でて 白蓮さきぬ 曙の うすら赤地の 世界の中に

わが家や 芥ながるる 川下も 美くしと見て 在りける君よ

森かげに ならぶ赤斑の 石獅子の 一つ一つに 熱き頬よる日

われひとり 見まく欲りする 貪欲を 憎まず今日も 君おはしけり

さくら貝 遠つ島辺の 花ひとつ 得つと夕の 磯ゆく思

みだれ髪 君を失くすと 美くしき 火焔燃えたる 夢の朝かな

かきつばた 扇つかへる 手のしろき 人に夕の 歌かかせまし

朝戸出や 離宮まねびし 家主と 隣り住むなる 春がすみかな

富士の山 浜名の海の 葦原の 夜明の水は むらさきにして

水こえて 薄月させる 花畑に あやめ剪るなり 戸出し人は

責めますな 心にやすき ひと時の あらば思はむ 法の母上

載せてくる 玉うつくしき 声あると 夏の日すみぬ われ水下に

山かげを 出しや五人が むらさきの 日傘あけたる 船のうへかな

春の夜の 夢のみたまと わが魂と 逢ふ家らしき 野のひとつ家

傘ふかう さして君ゆく をちかたは うすむらさきに つつじ花さく

わが知らぬ 花も咲かむと 雑草に 春雨まてる 隠者ぶりかな

大机 重陽すぎの 父の日を しら菊さして 歌かきて居ぬ

円山や 毛氈しきて ほととぎす 待つと侍りぬ 十四と十五

釣鐘に むら雨ふりぬ 黒谷や ぬるでばやしの 紅葉のなかに

あづまやの 水は闇ゆく おとながら ひけば柱に ほのしろき