御社の 尾白の馬の 今日も猶 痩せず豆食む 故郷を見ぬ
戸に隠れ わと啼く声の 能う化けし 狐と誉めぬ 春の夜の家
舞ごろも 祇園の君と 春の夜や 自主権現に 絵馬うたす人
くれなゐの 綾の袴の 腰結の あたりに歌は 書かむと思へ
美くしき 御足のあとに 貝よせて やさしき風よ 海より来るか
いつの世か または相見む 知らねども ただごと言ひて 別るる君よ
二日ありて 百二十里は 遠からぬ 障子のうちに 君を見るかな
蝶のやうに ものに口あて 御薬を 吸うて来うとも 思しはよらじ
春の月 ときは木かこむ 山門と さくらのつつむ 御塔のなかに
遠浅に 鰈つる子の むしろ帆を 春かぜ吹きぬ 上総より来て
塔見えて 橋の半は かすむ嵯峨 少人具して 鮎くむ日かな
宿乞ひぬ 川のあなたは 傘さしし 雨の後なる おぼろ月夜に
三本木 千鳥きくとて ひそめきて われ寝ねさせぬ 三四人かな
橋の下 尺をあまさぬ ひたひたの 出水をわたり 上つ毛に入る
石まろぶ 音にまじりて 深山鳥 大雨のなかを 啼くがわびしさ
裾野雨 負へる石かと 児をまどひ 極悪道の 旅かと思ひ
みづうみに 濁流おつる 夜の音を おそれて寝ねぬ 山の雨かな
大剛の 力者あらびぬ 上つ毛の 赤城平に 雨す暴風す
わが通ひ路 棹に花ある 沙羅も折れ 沼じりの家は 夕日するかな
くれなゐの 牡丹おちたる 玉盤の ひびきに覚めぬ 胡蝶と皇后