和歌と俳句

與謝野晶子

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岸に立つ 袖ふきかへし もみうらの 紅を点じて ゆくや河かぜ

目に青き 穂麦の中に ももいろの ひくき靄する 花畑かな

おほかたを 人とおもはず 我猛く なりにけらしな 忘られし君

くちびると 両手に十の 細指は われの領なる 花なれば吸ふ

ふるさとを 多く夢みぬ 兄嫁の 美くしきをば 思ふと無きに

彼の天を あくがれ人は 雲を見て つれな顔しぬ 我に足らじか

帆織る戸へ 信夫翁を 荷ひ入る 人めづらしや 初冬の磯

紅梅に 幔幕ひかせ 見たまひぬ 白尾の鶏の 九つの雛

しら梅や 二百六十二人は 女王にいます 王禄の庭

花に似し 人を載せたる 唐船に 大君ふきぬ 春の山かぜ

男こそ うれしと見ぬれ いかがせむ あらぬ名着たる 大難の日に

舞姫の かたちと誉めよ むかしの絵 そへ髪たかく 結ひたる人を

春の雨 障子のをちに 河暮れて 灯に見る君と なりにけるかな

ほととぎす 戸をくる袖の 友染に 松の月夜の つづく住の江

人妻は 高き名えたる 黒髪の うしろを見せて 戸にかくれけり

京の宿に 五人の人の 妻さだめ 妻も聞く夜の 春の雨かな

磯草に まどろむ君の 夢が生む さくら貝こそ ひろひきにけれ

天人の 飛行自在に したまふと ひとしきほどの ものたのむなり

頬に寒き 涙つたふに 言葉のみ 華やぐ人を 忘れたまふな

半身に うすくれなゐの 羅の ころもまとひて 月見ると言へ