和歌と俳句

與謝野晶子

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紫の 斑づきし馬を ひきいでぬ 海のやうなる 若葉の木立

き灯の 家と並べる 黄なる灯の 家なつかしや 秋の夜のみち

何人が 誰れを見るなる ねたみとも 知らず頬いたし 諸人あれば

七人の 男の中を 黒髪の すそさはらかに いににける君

仇のごと そしり誹謗す 何なるや その人の名の 云はまほしさに

まぼろしの 人等そがひに われをして われとひとしき さまに雨見ぬ

春雨や 青き芽生の うつくしき 楓の中の 仁和寺の門

草かれて 白き播磨の 野にききし 千鳥おもひぬ 雪の日の街

男がた ときは木うゑぬ 春のくれ 山吹めでて 遊ぶかなたに

うすものを 着るとき君は しら花の 一重の罌粟と 云ひ給ふかな

古琴の 糸を煮る香に 面そむけ 泣きぬ三十路に ちかきよはひを

磯の道 網につながる 一列の はだか男たちに 秋の風ふく

原の草 はひひろごりて 山よりも 優なり夏の そらにまがへば

うまれきて つたなさわぶる 天質か あらずと心 みなこたへける

美くしさ 恋のごとしと ほめて見ぬ ほろびやすかる 磁のうつはもの

ほのかなる 野をさまよひぬ 一つ家の わが家をかし おぼろ月夜に

青原の 野風の中に 深山より こし香まじりぬ 白百合の花

うつせみの 命と云はず 目に見えぬ 無量の日生む ことばとことば

もゆる火を 目早に見ける きゆる火を とくも知りぬる 心は死にぬ

山もとの 白き小旗と 穂すずきと 夕雲どもの 中を吹く風