和歌と俳句

與謝野晶子

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三十路人 泉の神の 素肌にも いまだいくらも おとらざりけり

謎とひに 来しばかりなる 少女子の 涙ながして ゆくを見しかな

秋のかぜ 涙ぐみたる わが前に いとふ女の 長き髪ふく

夜のまに あるひは死なむ 鼻じろみ いにける人も ほこれるわれも

春の雁 一つ家おける 野をすぎて 日ぞくれにけれ おぼつかなくも

紅梅や 僧も男の子も 歌せよと 袋をかけし 真木柱かな

うすぐらき 夢のみ見れど 遠方に 紫つつじ さきし道見ず

春の雨 君かへりきぬ 小さなる 八つの足駄の ちらばふ庭に

浅してふ 海と底いと 深してふ 鼎とを見て 心はまどふ

そむきたる 人てふ名あり いささかの 血ぬるをいとひ あり経けるゆゑ

いかづちは もの裂くと云ふ そのごとき 響なき間に 一人となりぬ

西のかた 萱草色の 夕雲の 下に波あり しろき鳥とぶ

手をとりし めしひ来あひぬ めしひどし あやふげもなし 君とあゆまむ

山の家 昨夜濁水の おそひこし 戸のすきにある 有明の月

まんまんと 青波光る 大きなる わだつみに倦み 文かく夕

神ありて 結ぶと云ふは 二人居て 心のかよふ ことを云ふらむ

死ぬと云ひ 真白の床に ぬるときも かばかり人や 恋しかるべき

この命 うたもわが世も 終るなり 君にかかはる 一切のこと

なつかしき 恋しきさても 忘られぬ ことわりつもり 三人に逢ふ

ことばもて そしりありきぬ 反くとは すこしはげしく 思ふことなり