和歌と俳句

與謝野晶子

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この時の うらめづらしき ときまきは 初恋の日に なべておとらず

いにしへの 少女ますらを 人の妻 恋をさかしき 道と泣かなく

かの人に 何をつげきや 吾妹子に な云ひそとこそ 口かためせし

なでしこの 七重の袖の 恋ごろも ゆたかに引きて いざり出しかな

海に居て はやちの風に 耳なれし 岩はねむれり いかづちのもと

尻ふりて 出できたらずや つばくらめ 老いよろぼひし 塔のかげより

あづかりし さうびの帽の かろかりし 長路の汽車の はてのうまやぢ

こし方は いかにましけむ 知らねども 今日見る君は 蓬莱にある

しら玉は たれのぬすみて 尽きけるや かの年月の 手にぞとられし

われ見るを 人は思ひぬ 薬師寺の 薬師を夢に 見るよりもげに

君死なば 法師たるべし 天がけり 見よと誓紙は かかせてしかど

寺の壁 黄なる夕日と 薄の穂 うへにつぶつぶ 黒き鳥とぶ

ちぬの海 淡路につづく 平ららなる 潮干の海に 琴置き弾かむ

あたたかき 南に面し 住む人の そがひの家に 生れにしかな

しばしばも 憎しと云ふは ありよかり 恨むと云ひて 去ぬはおどろし

初夏の ゆふべの雲を 一つとり 君が館は 塗られたるかも

さむきこと 女はきらふ ことわりの 奥のおくまで きかせ給ふな

われ恋を せじとのどかに 云ひたまふ 王者の前に 童泣きすも

いとあつき 火の伽具土の ことばとも 知らずほのかに 心染めてき

一尺を すすむあひだに 七生の 力をあつめ われありしかな