和歌と俳句

與謝野晶子

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左より 三つ目の窓の ともしびに つぶて打つ時 なくほととぎす

むかし人 榾くべながら するごとき すなほなること 二つ三つ云ふ

故なうて たかぶるわれと 自らの 心の玉を わすれむとしき

このたびは 拭ひぐるしき 名と知りて 君にはしると 今日泣くわれは

目に見えぬ 小きものを 暗殺す たれか知るべき このはかなごと

わざはひか たふときことか 知らねども われは心を 野ざらしにする

つばくらめ 小雨にぬれぬ わが膝は ただいささかの 涙にぬれぬ

くろ髪の 上に羽子舞ふ 街すぎて 君来る春と なりにけらしな

わたどのに 鬼のかげ見し おどろきと 古りしこと云ふ うちつけ人よ

うす色の 橄欖石を 目にしたる 稚児をうませぬ 黒奴の妻に

いと遠き 境よりしも やとひこし 心のやうに ものの用ぜず

いつの日か 心にひそむ こと一つ うちでしより うとまれそめぬ

この人の 一生のこと 書くものに 加はらむとて 泣くにあらねど

きよらなる 横笛吹きし 口びるの くれなゐに似る 椿をひろふ

背とわれと 死にたる人と 三人して 甕のなかに 封じつること

十年前 今のわが背を 師とよびて 二人はともに 歌ならひにき

尼となる ねがひこまかに 書きこせし 亡き人の文 とりいでて見つ

友と友 遠くわかれて あるきはは 命あるだに かなしきものを

北の海の 波は悲しと 若狭より わびたる文の こぬ世となりぬ

君今年 わか紫の 藤の花 あやめの花も つまざりしかな