和歌と俳句

若山牧水

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うす雲は しづかに流れ 日のひかり 鈍める白昼の 海の白さよ

真昼時 青海死にぬ 巌かげに ちさき貝あり 妻をあさり行く

海の声 そらにまよへり 春の日の その声のなかに 白鳥の浮く

海あをし 青一しづく 日の瞳に 点じて春の そら匂はせむ

春のそら 白鳥まへり 觜紅し ついばみてみよ 海のみどりを

白き鳥 ちからなげにも 春の日の 海をかけれり 君よ何おもふ

無限また 不断の変化 持つ海に おどろしきかや 可愛ゆをみなよ

春の海 ほのかにふるふ 額伏せて 泣く夜のさまの 誰が髪に似る

幾千の 白羽みだれぬ あさ風に みどりの海へ 日の大ぞらへ

いづくにか 少女泣くらむ その眸の うれひ湛えて 春の海凪ぐ

海なつかし 君等みどりの このそこに ともに来ずやと いふに似て凪ぐ

手をとりて われらは立てり 春の日の みどりの海の 無限の岸に

春の海の みどりうるみぬ あめつちに 君が髪の香 満ちわたる見ゆ

御ひとみは 海にむかへり 相むかふ われは夢かも 御ひとみを見る

わが若き 双のひとみは 八百潮の みどり直吸ひ 尚ほ飽かず燃ゆ

しとしとと 潮の匂ひの したたれり 君くろ髪に 海の瓊をさす

君笑めば 海はにほへり 春の日の 八百潮どもは うちひそみつつ

春の河 うす黄に濁り 音もなう 潮満つる海の 朝凪に入る

暴風雨あとの 磯に日は冴ゆ なにものに 驚かされて 犬永う鳴く

白昼の海 古びし青き 糸のごと たえだえ響く 寂しき胸に