和歌と俳句

若山牧水

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真昼日の ひかりのなかに 蝋の燭の ゆらげるほどぞ なほ思ひ残る

この家は 男ばかりの 添寝ぞと さやさや風の 樹に鳴る夜なり

春たてば 秋さる見れば ものごとに 驚きやまぬ 瞳の若さかな

わが若き 胸は白壺 さみどりの 波たちやすき 水たたえつつ

うら若き 青八千草の 胸の野は 日の香さびしみ 百鳥を呼ぶ

若き身は 日を見月を見 いそいそと 明日に行くなり その足どりよ

月光の 青のうしほの なかに浮き いや遠ざかり 白鷺の啼く

片ぞらに 雲はあつまり 片空に 月冴ゆ野分 地にながれたり

十五夜の 月は生絹の 被衣して 男をみなの 寝し国をゆく

白昼のごと 戸の面は月の 明う照る ここは灯の国 君とぬるなり

君睡れば 灯の照るかぎり しづやかに 夜は匂ふなり たちばなの花

寝すがたは ねたし起すも またつらし とつおいつして を聴くかな

ふとの 鳴く音たゆれば 驚きて 君見る君は 美しう睡る

君ぬるや 枕のうへに 摘まれ来し 秋の花ぞと 灯は匂やかに

美しう ねむれる人に むかひゐて ふと夜ぞかなし 戸に月や見む

月の夜や 君つつましう ねてさめず 戸の面の木立 風真白なり

短かりし 一夜なりしか 長かりし 一夜なりしか 先づ君よいへ

静けさや 君が裁縫の 手をとめて 菊見るさまを ふと思ふとき

机のうへ 植木の鉢の 黒土に 萌えいづる芽あり 秋の夜の灯よ

春の樹の 紫じめる 濃き影を 障子にながめ 思ふこともなし