おのづから頭をあげて歩みくればみ濠の土手に曼珠沙華赤し
たまたまに永代橋を赤き灯の一つ走れりさ夜ふかみかも
朝さむみ路まがりゆく崖のかげ銀杏の落葉黄におびただし
をさな兒の手をとり歩む道のへにみそさざい飛び日は暮れむとす
群れゐつつ鵯なけりほろほろとせんだんの實のこぼれけるかも
のびのびと朝の縁に立ち門畑の麦の芽にふる雨を見にけり
斯くしつつ幾日とどまるわれならむ麦の芽ぬらす雨の静けさ
はてしなく土のつづける夜の原を渦まきとほる木枯の風
移るべき家をもとめてきさらぎの埃あみつつ妻とあゆめり
きさらぎのあかるき街をならび行き老いづく妻を見るが寂しさ
鬼怒川を西にわたりて土踏めば今さらさらに君ししぬばゆ
春の野の大野がなかをみつみつし鬼怒の流れは激ちやまずも
道入れる雑木林にひともとの辛夷白花にほひてありけり
林間に沼あかりしてころろころろ蛙かつ啼く一人い行くに
巌角につみてかなしもひと茎にひとつ花咲くかたくりの花
篠懸木の新芽日に照るこの道を歩き行きなむおもてをあげて
白黄の朴の木の花いちじろくいまはなげかじ寂しかりとも
はるかなる逢ひなりながらほのぼのとなごりこひしき朴の木の花
曇り日の若葉やすらかに明るかり墓地を通りて湯に行くわれは
ひそかごと持つとはいはじ曇り日の若葉明るく親しきものを
いちじろく墓原の土に散りしきしいちしの花もすぎて久しも
そぞろ来て独歩が墓に出でにけり煙草吸はむと袂をさぐる
百日紅に日ははや照れり朝戸出で汗ばむ顔を拭きつつゆくも
いそぎつつ朝は出でゆく街角に咲きて久しき百日紅の花