こもりゐて心はさびし向つ田をすきかへしゐる人の声きこゆ
わが家に今年も巣くふつばくらめ出で入る見つつ涙ながれぬ
走りつつ仔牛あそべり母ひとりこの家もりて働きています
わくらばに吾れも弟もかへり来てこの古家に男の声す
梅雨ばれのあかとき靄の立ちうごく峠の驛に顔あらふかも
あかときの峠の驛に水のめり超え来し山山靄こめむとす
梅雨ばれの光のなかを最上川濁りうづまき海にうづるかも
この海の沖のすなどりわが見むと最上川口舟出するかも
さみだれの最上くだりけむ大き鯉海に喘ぐを手に捕へたり
海の上にうちいでて見れば雪ひかる鳥海山に日はまとも照れり
あからひく朝靄はるる土手の上に雉子光りて見えにけるかも
おのがじし己妻つれて朝雉のきほひとよもす聲のかなしさ
さ青なる蕗の丸葉に尾を触りて雉子しまらくうごかざりけり
沼の香のにほひしみらに照りそよぐこの蘆原のよしきりの声
わが家の古井のうへの大き椿かぐろにひかり梅雨はれにけり
年ながく拂はぬ井戸の梅雨濁り匂ひさびたる水になりけり
水垢の匂ひまがなし汲み汲みて井戸の底ひにおり立ちにけり
みちすがら鉄砲山の笹はらに蓬は摘みて手にあまりたり
障子あけて庭の若葉の明るきに夕餉よろしき夏さりにけり
青空を雲ゆくなべに身のめぐり暗く明るくゆらぐ若葉を
甕の中に紅き牡丹の花いちりん妻がおごりの何ぞうれしき
うつし身のわが病みてより幾日へし牡丹の花の照りのゆたかさ
これの田を植うるにしあらし畦の上に早少女ならべり十五六人
うちならび植うる人らのうしろよりさざなみよする小田のさざ波