くれぐれの 家に石蕗の 黄の花は われとひととを 招ぐに似たり
浦上の 女つらなり 荷を運ぶ そのかけごゑは 此処まで聞こゆ
白く光る クロスの立てる 丘のうへ 人ゆくときに 大きく見えつ
長崎の 人等もなべて クロス山と 名づけていまに 見つつ経たりき
斜なる 畠の上にて はたらける 浦上人等の その鍬ひかる
牛の背に 畠つものをば 負はしめぬ 浦上人は 世の唄うたはず
黄櫨もみぢ こきくれなゐに ならむとす クロス山より 吹く夕べ風
西比利亜より おくりこされし 俘虜あまた 町にむらがる きのふも今日も
大浦の 道のほとりに ルーヴルの 紙幣を賣ると 俘虜は佇む
チエツコへ 歸らむとする 捕虜ひとり 山の石かげに 自殺をしたり
寺町の 墓のほとりにも かたまりて チエツコの俘虜は 時を費す
親しかる 友をむかへて 見の上の ことも語りぬ 夜のふくるまで
港より 太笛鳴れる ひまさへや 我が足もとに 蟋蟀のこゑ
みち足らはざる心をもちて 入日さす 切支丹坂を くだり来にけり
鹽おひて ひむがしの山 こゆる牛 まだ幾ほども 行かざるを見し
山かげの 大根の畑に 日もすがら 光あたるを 見るはさびしも
港をよろふ 山の棚畑に 人居りて 今しがた昼飯を 食ひたるらしき
雨はれし 港はつひに 水銀の いづかなるいろに 夕ぐれにけり
さむき雨 長崎の山にも 降りそそぐ 冬の最中と なるにやあらむ
ウンガルンの 俘虜むらがりて 長崎の 街を歩くに 赤く入日す
あはれとも 君は見ざらむ 寺まちの 高き石垣に さむき雨かな
山上の 白き十字架の 見えそむる 浦上道は 霜どけにけり
豆もやしと 氷豆腐を 買ひ来つつ 汁つくらむと 心いそげり
長崎の 港の岸を あゆみゐる ピナテールこそ あはれなりしか
このやまひ 癒したまへと 山川を ゆきゆきし歳の 暮となりぬる
長崎を 去る日やうやく 近づけば 小さなる論文に 心をこめつ
クリスマスの 長崎の御堂に 入ることも 二たびをせむ 吾ならなくに
暮れの年 妻ともに身を いたはりて 筑紫のくにの 旅ゆかむとす