和歌と俳句

齋藤茂吉

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みづからの 此身よあはれ しひたぐる ことなく終の 日にも許さな

しづかなる 吾の臥処に うす青き 草かげろふは 飛びて来にけり

精霊を ながす日来り 港には 人みちをれど われは臥し居り

たらちねの 母の乳房に すがりゐる 富子をみれば 心は和ぎぬ

山たかく 河大いなる 国原に 生れしをさなご ことほぐわれは

とほくゐて 汝がうつしゑを 見るときは 心をどらむ ほども嬉しゑ

五日あまり 物をいはなく 鉛筆を もちて書きつつ 旅行くわれは

肥前なる 唐津の濱に やどりして 唖のごとくに 明暮れむとす

海のべの 唐津のやどり しばしばも 噛みあつる飯の 砂のかなしさ

潮鳴り 夜もすがら聞きて 目ざむれば 果敢なきがごとし わが明日さへや

城址に のぼり来りて しゃがむとき 石垣にてる月のかげの明るさ

砂浜に 古りて刑死の 墓のあり いかなる深き 罪となりにし

満島に わたりて遊ぶ 人等ゆく 月に照らされ 吾等もい往く

日もすがら 砂原に来て 黙せりき 海風つよく 我身に吹くも

飯の中に まじれる砂を 気にしつつ 海辺の宿に 明暮れにけり

はるかなる 独り旅路の 果てにして 壱岐の夜寒に 曽良は死にけり

命はてし ひとり旅こそ 哀れなれ 元禄の代の 曽良の旅路は

朝鮮に 近く果てたる 曽良の身の 悲しきかなや 独りしおもへば

朝のなぎさに 眼つむりて やはらかき 天つ光に 照らされにけり

この病 癒えしめたまへ 朝日子の 光よ赤く 照らす光よ

唐津の 濱に居りつつ 城跡の 年ふりし樹を 幾たびか見む

砂浜に しづまり居れば 海を吹く 風ひむがしに なりにけるかも

孤独なる もののごとくに 目のまへの 日に照らされし 砂に蠅居り

日の入りし 雲をうつせる 西の海は あかがねいろに かがやきにけり

松浦河 月あかくして 人の世の かなしみさへも 隠さふべしや