ささやけき 薬草の一つと おもへども 烟草のみしより すでに幾とせ
大音寺の 樟の太樹を 見てかへり 公教会報の 歌を写すも
萱草の 花さくころと なりし庭 なつかしみつつ 吾等つどひぬ
長崎の 麥の秋なる くもり日に われひとりこそ こころ安けれ
畠より 烟がしろく 立てる見ゆ 麥刈る秋と なりにけるかも
病ある 人いくたりか この室を 出入りけむ 壁は厚しも
ゆふされば 蚊のむらがりて 鳴くこゑす 病むしはぶきの 声も聞こゆる
闇深き 蟋蟀鳴けり 聞き居れそ 病人吾は 心しづかにあらな
わが心 あらしの和ぎたらむがごとし 寝所に居りて 水飲みにけり
くらやみに 向ひてわれは 目を開きぬ かぎりもあらぬ ものの寂けさ
若き友 びとり傍に 来つつ居り この友もつひに 病を持てり
あらくさの 繁れる見れば いけるがに 地息のぼりて 青き香ぞする
午すぎごろ わが病室の 入口に 鶉の卵 売りに来りぬ
ゆふぐれの 泰山木の 白花は われのなげきを おほふがごとし
わが家の 狭き中庭を 照らしつつ かげり行く光を 愛しみにけり
ひと坪ほどの中庭のせまきにも いのち闘ふ 昆虫が居り
年わかき 内科医君は 日ごと来て わが静脈に 薬入れゆく
長崎に 来りて四年の 夏ふけむ 白さるすべり 咲くは未か
長崎の 暑き日に君は 来りたり 涙しながる わがまなこより
よしゑやし つひの命と 過ぎむとも 友のこころを 空しからしむな
この道は 山峡ふかく 入りゆけど 吾はここにて 歩みとどめつ
この道に 立ちてぞおもふ 赤彦は はや山越しに なりにつらむか
赤彦は いづくに行くらむ ただひとり この山道を おりて行きしが
草むらの かなしき花よ われ病みて いのちやしなふ 山の草むら