和歌と俳句

齋藤茂吉

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いつくしき 虹たちにけり あはれあはれ 戯れのごとく おもほゆるかも

日を継ぎて われの病を おもへれば 濱のまさごも 生なからめや

わがまへの 砂をほりつつ 蜘蛛はこぶ 蜂のおこなひ 見らくしかなし

わたつみを 吹きしく風は いたいたし いづべの山に ふたたび入らむ

わが友は わが枕べに すわり居り 訣れむとして 涙をおとす

ねもごろに 吾の病を 看護して ここの海べに 幾夜か寐つる

わがために ここまで附きて 離れざる 君をおもへば 涙しながる

わたつみの 海を離れて 山がはの 源のぼり われ行かむとす

うつせみの 病やしなふ 寂しさは 川上川の みなもとどころ

ほとほとに ぬるき温泉を 浴むるまも 君が情を 忘れておもへや

川きよき 佐賀のあがたの 川のべに 吾はこもりて 人に知らゆな

蟷螂が 蜂を食ひをる いたましさ はじめて見たり 佐賀の山べに

日の光 浴みて川べの 石に居り 赤蜻蛉等は はやも飛びつつ

われひとり うらぶれ来れば 山川の 水の激ちも 心にぞ沁む

曼珠沙華 むらがり咲けり この花の 咲くべくなりて 未だし籠る

山がはの 石のほとりに 身を寄せて 日の光浴む 病癒えむか

山がはの 水のにほひの するときに しみじみとして 秋風ふきぬ

黄櫨もみぢ この山本に さやかにて 慌しくも 秋は深まむ

いつしかに 生れてゐたる 等は わが行くときに 逃ぐる音たつ

旅とほき 佐賀の山べの 村祭り 相撲のきほひ 吾は来て見つ

秋さりし 山といへども 蒸暑く 雲のほびこり 低くなり来も