和歌と俳句

齋藤茂吉

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君をしのぶ み寺のなかに 衢より 馬のひづめの音 続きてきこゆ

この日ごろ なま暖かき 日につぎて 夜ふる雨を 聴くべくなりぬ

ゆふぐれ時より 空はくもらむか けふ朝まだきより 頭痛しにけり

地久節の けふのいく日は 国こぞり をとめのともは 楽しかりけり

みちのくの 蔵王の山は けさのあさけ 雪ぐもりつつ ゐるぞかなしき

をりをりに しはぶきながら みちのくを 南へくだる 汽車にわが居り

みちのくの こごしき山に 雪ふりて 襞さわやかに けふ見えわたる

きさらぎの 降りしはだれの 氷るころ 旅を来りて 病み臥すわれは

相よりて こよひは酒を 飲みしかど 泥のごとくに 酔ふこともなし

きほひつつ 飲みけむ酒も 弱くなりて このともがらも 老いゆかむとず

若くして 巣鴨病院に ゐたるもの 見れば老ゆるにも はやきおそきあり

せまりつつ 苦しみ生きし もろもろの 救はれにける 木の仏これ

いにしへの ひじりみかども あはれあはれ このみ仏に 近寄りたまひきや

いにしへは 尊かりけり ふれふして この白き象も つひにきざみぬ

六臂秘仏 如意輪観世音菩薩 まどかにいつくしく のこりたまへる

桑の葉の もえいづるころに なりたりと ひとり思へり 汽車の中にて

いくたびか われ見つらむか 浪しろく 馬入の川の 海に入る見ゆ

かかはりの なしといへども 梨の花 しらじらとして 咲き散りて居り

白浪の 立ちくるを見て 汽車すぐる 沼津の浜を 吾は好めり

砂の丘 幾段になりて 高まれる 天龍川は 親しきろかも

汽車の窓に 顔を押しつけ 見て過ぐる 鰻やしなふ 水親しかり

入海に 人つどふ見れば かすかなる 業のごとくに 海埋めをり