和歌と俳句

齋藤茂吉

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簡易なる 共産制を 布きありき 明治時代に なりたる後も

命ながき 翁媼も 日向には うづくまりけり 影のごとしも

わたつみの 魚とることを 業として いくよひりぬる ここの小島は

夫婦して 島に雇はるる 海人のはなし その特色の 話聞きたり

帆をあげて いでゆく海人の 小舟をば 何かあやしき もののごと見し

ある家の 昼の林に 若者が ヴアイオリンをば 器用に奏けり

関東の 地震の後に 此の島に 窒扶斯はやりし 話をしたり

この島に 医師一人居ず トラホームなどもひろがるに 放任しあり

くらやみに 楢の木原に とよもせる 山のあらしを 夜もすがら聞く

日の光 さしてあかるく なりまさる 萌黄の山に しばし入り来ぬ

楢の花 こまかく屋根に 散りしきて この山なかに 七日経にけり

このあした 楢の若葉に ながらふる さ霧のおとを 聞くはさびしゑ

那須山の 底よりおこる 大き谿 いくつもありて 雲ぞうごける

あしびきの 山のはざまに 自らは あかつき起の 痰をさびしむ

いのちありて 山を越え来ぬ 硫黄ふく たぎりの音は 聞きつつあはれ

冬さむく 病みて海のべに ゐたりしが いま那須山に 春ゆかむとす

雨はれし 山べを来れば 新笹の しげみがしたに 水の行くおと

日の光 しづかなる日に 白河へ 越えゆく道を われもあゆめり

楢若葉 ととのふ夏と なりしかど 吹く風さむし この高原は

山中の ここのいでゆに もろ人は きびしき病 いえて楽しむ