和歌と俳句

齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

よひ闇の はかなかりける 遠くより 雷とどろきて 海に降る雨

ひくくして 海にせまれる 森なかに 山鳩鳴くは あやしかりけり

うろくづの およげる見れば 飛魚も 衰へてあり ここのうしほに

夜ふけて 心したしまぬ もののあり 温泉街の 人のこゑごゑ

おもおもと 潮きこゆる 山に来て 病のなごり 我はいたはる

かの山を ひとりさびしく 越えゆかむ 願をもちて われ老いむとす

雨ぐもの 退きゆきしころ 我ひとり 荒磯に居りて しはぶきのこゑ

けふもわれ ひとり来りて 海のべを か行きかく行き いのちやしなふ

苦しかりし 風邪のなごりの まだ癒えず あたたかき海に来て遊べども

もの言はむ 人にも逢はず けふ一日 浪際に来て 体やすらふ

しづかなる 日とおもひつつ 歩き来て 木下闇に しはぶく吾は

けふ一日も ゆふぐれて来し 夏山に 樟の若葉の もりあがる見ゆ

ひとりして わが来つつをる 松山に 地震はゆりて 土うごく見ゆ

うづくまり 吾がゐる地に 幽かなる 地震はゆりつつ 寂しきものを

われひとり 来てひそみゐる 伊豆山は 潮の音の 間遠に聞こゆ

しはぶきを 病みてわが来し 浅山の 若葉あかるし 虫も遊びて

いつしかも 若葉になりし 山かげに 新聞敷きて 息しづめ居り

伊豆の海に 近くつづきし 山中は 蛙きこゆる 夏になりたり

むらがりて 烏賊のおよぐを 見つつあり 見知人もなき こころ安けく

荒磯の 潮をかこひて うろくづを 飼へるところに 時をすごしつ