和歌と俳句

齋藤茂吉

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墨を吐く 烏賊を幾度も 見たれども 遊びてゆかむ われならなくに

岩かげに 吾は来りて おもひきり 独按摩す 見る人もなし

とりとめも無く吾居れば 幽かにて けふも山の上の 地は震ひぬ

ひかりさして 夏の来むかふ 梅園に 青き梅の実 かくも落ちたる

目のもとの 清き流に かがまりて 見れば断えまなく 砂の流るる

草むらの なかに落ちたる 梅の実の まだ小さきを 噛みつつ行けり

箱根路の 風をいたみか 山の雲 海になびきて 晴れむとすらし

病ある われは見て居り 大きなる 灰色の鳥 浪のうへを飛ぶ

あまづたふ 日はかくろへば 海の色 くろぐろとして 物ぞ漂ふ

ただひとり 海のなぎさの 石かげに すわりて居れば 罪はふかきか

潮のおと きこゆる山の 小峡にて 蛙のこゑは われにまぢかに

この島にて 心太草 採集す なべてやさしき 業にはあらず

潮くぐる 人をおもへば 此処にして 起臥す 志摩のあま 朝鮮のあま

清きこの離れ小島に 夏くれば おびただしき蚊が 居るとこそいへ

小さなる 自治制布きて 昔より 役人ひとり 居たることなし

島に湧く 泉を汲める 少女子は はきはきとして 物を言ひ居り

日の光つよし 此の島に 青々と あぶらぎりたる 木々の葉見れば

この島に 浜に働く 人々は この島人に あらぬも多し

眉しろき 老人をりて 歩きけり ひとよのことを 終るがごとく

うつしみは 死にするゆゑに この島に 幽かなる仏の 寺ひとつあり