和歌と俳句

齋藤茂吉

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たかむらの しげれる道を のぼりゆき 平賀元義の おくつきどころ

春草の 秀いづる岡に われ立ちて 児島の海は きらひけるかも

ここにゐる 三人の友と あひ語り 夜ふけて舎監 官舎にやどる

この日ごろ 学に遠ざかり をりながら 教室に来れば 過ぎし日おもほゆ

中林梧竹翁の双軸を 後の日われに 呉れむとぞいふ

み仏の み額の珠の かがよふを けふこそはあふげ うつせみわれは

とことはに くがねかがよふ み仏の 御足のもとに よみがへるもの

たわやめに いますみ仏 もの恋しき 心のみだれ 救ひたまはね

みほとけの 御手にもたせる 炎にし わがよのつみの もえて消たむぞ

うるはしく いますみ仏 世くだちて あはれいつくしく み立たしたまふ

ながらへて ひとりなりける つひの道 かなしき我を いだきたまはな

くちびるの あけのみほとけと おもひつつ けふの縁に われあふぎけり

人のよは はかなきゆゑに 一日だに このみ仏を あふがざらめや

みすずかる 信濃の蕨 くひがてに 病み臥しをれば 寂しかりけり

熱いでて 病み臥すひまに うちこぞる けはしき事の 世の起れるらしも

おのおのに 苦しき病 あるごとし この人の世も かりそめならず

わが家に かつて育ちし 出羽ヶ嶽の 勝ちたる日こそ 嬉しかりけれ

朝々の 味噌汁のあぢ 苦くして 蕨をひでて 食ふこともなし