和歌と俳句

齋藤茂吉

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三成が とらはれびとに なる時の 戦記を読みて 涙いでたり

おとろへし この身いたはり ひそひそと 那須野をさして 旅ゆくわれは

あしびきの 山ゆく道に おもき荷を おろして立てる 人のごとしも

山笹を わが庭くまに 植ゑしより 白くおとろふる 葉を日ごと見き

心しづかに 山をくだりて 来しかども 暁がたは 喘を患ふる

すわりつつ こころ親しまぬ 夜の寺は 山にこもらふ 雷鳴りわたる

あつき日を 汽車に乗り来て 盗難にあひたることも いひがたかりき

この寺に こもれるひまに 二たり三たり 腹を痛めて かへりたりとふ

本堂の 明きにひとつ 飛び来る やんまは向きを 変へしときのま

雪谿に 見ゆる山には 雨降れか あかくにごりて たぎちけるみづ

ひとときも ためらはざらむ 馬虻が 畳のうへを ひくく飛ぶ見ゆ

あかつきの 光やうやく 見ゆるころ すゑたる甕の なかに糞を垂る

ときのまに あまたむらがり 寄る蟆子を ただわづらはしとぞ われはおもへる

音たてて しろきもちひを いまぞ搗く ももたりあまり 餅くはむとす

そこはかとなく 日くれかかれる 山寺に 胡桃もちひを 呑みくだしけり

寺なかに 夕がれひ食ふ あな甘と もちひに飽くは 幾とせぶりか

ひとむらに 桔梗の咲く やまでらや 君と床なめ 寝しをおもはむ

ちひさなる 虻にもあるか 時もおかず 人をおそひに来るを殺しつ

香にたてる 蕎麦をむさぼり くひしかど 若きがごとくし 食ひがてなくに

くにぐにの 友等はこよひ 面やせて かたみに山を くだりゆくなり