和歌と俳句

齋藤茂吉

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高空は 細く澄みつつ 清けれど 雲のみだれに 秋ふけむとす

飯をへて われの見てをる ひむがしの 蔵王の山は 雲にかくりぬ

早稲田より たちてくる香を こほしみぬ きのふのごとく 今日も通りて

衰ふる 兄にむかひて 亡きのちの 寂しきことも つひに言はむか

兄が見し 地獄の夢は 一巻の 絵巻のごとき 感じをあたふ

龍の乗りて ただひと飛びに めぐりたる 地獄の夢を わらひて語る

けふひと日 兄のそばにゐて いろいろの ことを話せり ゑみかたまけて

かすかなりし 庵に居りて 土のつへに たぎり湧きいづる 湯をし見けむぞ

低山に 日あたりをるを 見つつゆく みちのくの山に 秋ふけむとす

いづみより つづける川に 赤き鯉 われのおどろく にごりをあげて

みちのくに いましめられし ひじりさへ 安らふこころ 否と云はずき

ひるの虫 そらにひびきて 聞こえくる 稲田のあひの 道をのぼりつ

いにしへの 人の庵りし あとどころ 泉にゆらぐ 水ぐさや何

年ふりし 町をはづれて 山火事に 焼けのこりたる 青松のやま

ひかりさす 早稲田の香こそ あはれなれ おのづから老いて 吾はしぞおもふ

まぢかくに 雲のただよふ 山のかひ 黒き百合の実 食みつつゆけり

秋蕎麦の こまかき花も 散りがたに 蟋蟀鳴きぬ 山のそがひは

しづかなる 早稲の田道に わが立つや いまだ小さき 蝗はいでぬ

みちのくの 青群山は しまらくは 入りがたの日の 光さしたり

われの胃は よわりにけらし 病みて臥す 兄をおもひて 安からなくに