和歌と俳句

齋藤茂吉

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この寺に 七日きほひて 歌がたり きはめむとして 来りし吾を

もろともに 七日おきふし いとまなみ 親しき言も つひに言はずき

木原より ふく風のおと きこえくる ここの臥所に 蚤ひとつゐず

罪をもつ 人もひそみて 居りしとふ うつしみのことは なべてかなしき

この寺も 火に燃えはてし ときありき 山の木立の 燃えのまにまに

おのづから 年ふりてある 山寺は 昼もかはほり くろく飛ぶみゆ

いま搗きし もちひを見むと 煤たりし ゐろりのふちに 身をかがめつつ

喘のやまひ いまだ癒えなくに この寺の あかつきはやく 起きてあるきつ

山道に おくれがちなるを いたはりて わがうしろより 友あゆむはや

音たてて 砂のくづるる やまがはを 見おろしにけり あゆみとどめて

隣間に ここのいでゆに ひとよ寝む をみららほそく わらふがきこゆ

西にむきて とほきはざまに 来りけり 湯のいぶき白雲 やまがはの浪や

山がひに 日のいりゆくを しばし見て むくみし足を 畳にのばす

よもすがら 清き山川の 音ききて ここに眠らむ 人に幸あり

くらがりに 青きひかりを 放ちたる 苔をし見れば 山は深しも

石むらの あたたまりゐる 山がはに おりて楽しむ 日のしづむまで

人参を 畑よりほりて 直ぐに食ふ 友をし見つつ われもうべなふ

あめつちの ものは悲しも たぎりつつ 湯いづる口に 苔あをあをし

山羊歯の あらきにほひに 親しみて ひとときさへも 楽しかりけり

川かみに 一夜やどれば ひたぶるに 岩魚のゐるを まのあたり見き

山がはの おとする岸に 旅やどり 東京は暑さ きびしとおもふ

やまの湯に あたたまり寝し 一夜だに 蚤にくるしむは 吾ひとりのみ

人里より はこびしままに 飼はれける 鯉は病むとふ みづのあらきに

高山に 遊のごとく のぼりゆく 人の話を ききてやすらふ

やまがはの 激ちのしぶき かかるほど 近き温泉に 入りつつ居たり