和歌と俳句

與謝野晶子

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やは肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君

許したまへ あらずばこその 今のわが身 うすむらさきの 花うつくしき

わすれがたき とのみに趣味を みとめませ 説かじ紫 その秋の花

人かへさず 暮れむの春の 宵ごこち 小琴にもたす 乱れ乱れ髮

たまくらに 鬢のひとすぢ きれし音を 小琴と聞きし 春の夜の夢

春雨に ぬれて君こし 草の門よ おもはれ顔の 海棠の夕

小草いひぬ 「酔へる涙の色にさかむ それまで斯くて覚めざれな少女」

牧場いでて 南にはしる 水ながし さても緑の 野にふさふ君

春よ老いな 藤によりたる 夜の舞殿 ゐならぶ子らよ 束の間老いな

雨みゆる うき葉しら蓮 絵師の君に 傘まゐらする 三尺の船

御相いとど したしみやすき なつかしき 若葉木立の 中の蘆舍那仏

さて責むな 高きにのぼり 君みずや 紅の涙の 永劫のあと

春雨に ゆふべの宮を まよひ出でし 小羊君を のろはしの我れ

ゆあみする 泉の底の 小百合花 二十の夏を うつくしと見ぬ

みだれごこち まどひごこちぞ 頻なる 百合ふむ神に 乳おほひあへず

くれなゐの 薔薇のかさねの 唇に 霊の香のなき 歌のせますな

旅のやど 水に端居の 僧の君を いみじと泣きぬ 夏の夜の月

春の夜の 闇の中くる あまき風 しばしかの子が 髪に吹かざれ

水に飢ゑて 森をさまよふ 小羊の そのまなざしに 似たらずや君

誰ぞ夕 ひがし生駒の 山の上の まよひの雲に この子うらなへ