和歌と俳句

與謝野晶子

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狂ひては 百合のひと枝や つくり得し 石に頬あて 思ひ知る御名

君なくば 物をおそれの 魂とのみに 栖む胸しらず 消えにけむ魂

おごりなりと 桂の葉もて 枝をもて 額は打たれむ 世なきに似たり

濃きを召さば ふるきもたひの 御酒を斟め 恋にたふとき 三とせなる老

はげし息に 小琴は裂かず 幸ありて なさけぢからを 花に相見る

少女なれば 百合にうたがひ 神に怖ぢ われらが道は 歌ひおくれし

おちいらすば おちずば終に よるべあらじ 地の領なき 少女子の恋

ゆめみてか さめてかつよき 二人なりき ああ思へども われ思へども

秋の里は 名なし花の香 井にくみて やさしむ君と 朝の鐘きく

夜になでて とこあたらしと 聞くに足る 髪はうつすな 戸の秋の水

亡びぬるは 誰がさが故の よわさ故の 恋と泣かぬを 幸とこそ祈れ

恋われに 胸にちひさき 智慧のひとつ ありてまどひて 破れかしとか

その御矢に きのふさめたる ゑにしありて 白き百合の扉 君にひらきし

うしなひし 物か得ざりし 或るものか それに似たりと 仰ぎ見る虹