和歌と俳句

與謝野晶子

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廊馬道 いくつか昨夜の 国くれば うぐひす啼きぬ 春のあけぼの

こころ懲りぬ 御兄なつかし あざみては 博士得ませと 別れし人も

うへ二枚 なか着はだへ着 舞扇 はさめる襟の 五ついろの襟

きよき子を 唖とつくりぬ その日より 瞳なに見る あきじひの人

人春秋 ねたしと見るは ただに花 衣に縫はれね 牡丹しら菊

女さそひし 歌の悪霊 人生みぬ 髪ながければ 心しませや

春の夜の 火かげあえかに 人見せて とれよと云へど 神に似たれば

明けむ朝 われ愛着す 人よ見な 花よ媚ぶなと 袋に縫へな

にくき人に 柑子まゐりて ぬりごめの 歌問ふものか 朝の春雨

よしと見るも うらやましきも わが昨日 よそのおん世は 見ねば願はじ

酔ひ寝ては 鼠がはしる 肩と聞き 寒き夜守りぬ 歌びとの妻

手ぢからの よわや十歩に 鐘やみて 桜ちるなり 山の夜の寺

兼好を 語るあたひに 伽羅たかむ 京の法師の 麻の御ころも

かくて世に けものとならで 相逢ひぬ 日てろ星てる ふたりの額に

春の夜や 歌舞伎を知らぬ 鄙びとの 添ひてあゆみぬ あかき灯の街

玉まろき 桃の枝ふく 春のかぜ 海に入りては 真珠生むべき

春いそぐ 手毬ぬふ日と 寺々に 御詠歌あぐる 夜は忘れゐぬ

春の夜は ものぞうつくし 怨ずると 尋のあなたに まろ寝の人も

駿河の山 百合がうつむく 朝がたち 霧にてる日を 野に髪すきぬ

伽藍すぎ 宮をとほりて 鹿吹きぬ 伶人めきし 奈良秋かぜ

霜ばしら 冬は神さへ のろはれぬ 日ごと折らるる しろがねの櫛

鬼が栖む ひがしの国へ 春いなむ 除目に洩れし 常陸介と

髪ゆふべ 孔雀の鳥屋に 横雨の そそぐをわぶる 乱れと云ひぬ

廊ちかく 皷と寝ねし あだぶしも をかしかりけり 春の夜なれば

集のぬしは 神にをこたる はした女か 花のやうなる おもはれ人か

さは思へ 今かなしみの 酔ひごこち 歌あるほどは 弔ひますな