和歌と俳句

與謝野晶子

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大夏の 近江の国や 三井寺を 湖へはこぶと 八月雲す

われを見れば 焔の少女 君みれば 君も火なりと 涙ながしぬ

梅雨晴の 日はわか枝こえ きらきらと おん髪をこそ 青う照りたれ

鶯の 餌がひすがたや おもはれし 妻は春さく 花はやしける

ものいはぬ つれなきかたの おん耳を 啄木鳥食めと のろふ秋の日

大木曽は 霧や降るらむ はゆま路を 駄馬ひく子と つれだち給へ

岡の家 瑠璃すむ秋の 空の声 たてゝ幾ひら 桐おちにけり

ほととぎす 山の法師が 大音の 初夜の陀羅尼に のこだまする寺

紫と 黄いろと白と 土橋を 小蝶ならびて わたりこしかな

二とせや 緞子張りたる 高椅子の うへに坐るまで 児は丈のびぬ

円山の 南の裾の 竹原に うぐひす住めり 御寺に聞けば

たたかひは 見じと目とづる 白塔に 西日しぐれぬ 人死ぬ夕

遠かたに 星のながれし 道と見し 川のみぎはに 出でにけるかな

物思へば ものみな慵う 転寝に 玉の螺鈿の 枕をするも

壁張や 花紋のなかに そちむきの 黒髪うつる 春の夜の家

春の宵 壬生狂言の 役者かと はやせど人は ものいはぬかな

比叡の嶺に うす雪すると 粥くれぬ 錦織るなる うつくしき人

をとうとは をかしおどけし あかき頬に 涙ながして 笛ならふさま

沙羅双樹 しろき花ちる 夕風に 人の子おもふ 凡下のこゝろ

北海の 鱒積みきたる 白き帆を 鐘楼に上り 見てある少女