和歌と俳句

與謝野晶子

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ちよろづの 金皷うつなり 冬の海 北陸道を 取らむとするや

旅人は 妻が閨戸の 床にすむ こほろぎ思ふ みそはぎの花

あさましく われ人たがへ 帰るかと われのうしろに われ物言ひぬ

後の日も 恋はなつかし 才の火は たのみたまふな 思出もなし

天地は 全し見給へ 日輪は 円しわが身は 半おもはる

にほひする 衣きてありと 云ひちらす 春風にくむ 三四の君よ

羽じろの 桜の童子 ねぶりたり 春の御国の あけぼののさま

山の埴 海にもてきて 地つくる 八千とせかけし 心に遇ひぬ

心てふ 見えざるものを 弔へと いはれて泣きぬ ちひさき友は

しら刃もて 刺さむと云ひぬ 恋ふと云ふ ただ言千たび 聞きにける子に

相模の海 潮沫たちぬ 君のせて 春の大船 今うごく時

しろたへの 生絹煮るなる 釜守りぬ 西のみやこの 春の夜の人

君に似し 二尺ばかりの 人ありて 家うち光れり 神より来しや

鵜松明 天と蘆間と 水ぞこに 星ぞいざよふ 夏の川かな

北国の 雪のやうなり 野あかりに 残月ありぬ すずしろの花

たまたまは さびしき胸に 綺麗かざり ざれ言どもを 申しても見ぬ

五月尽 小おどりすなり 若人は 夕ばれ雲の 夏のいろ見て

裸足して 踏まむと云ひぬ 病める人 しろき落花の 夕ぐれの庭

土蛮など 黒稗はみて 月を見ぬ 王土のはての 春のけしきに

よろこびは 憂きはまる 身にひとし 二とせ三とせ 高照る日見ず