水盤に紅おとすよりあてやかに早くひるごる星月夜かな
玻璃を滴る花ゑんどうの柔かき緑のしづく臙脂のしづく
黴にほふ衣桁の衣を被くとき雨を憎みぬ継母の如
皐月来ぬうす黄の棕梠の花落ちて池の濁れる旅の宿かな
秋来ぬと白き障子のたてられぬ太皷うつ子の部屋も書斎も
霰より早く羽より軽やかに心をわたる淡きかなしみ
人ごみのうしろに低く爪だてて若き俳優に花なぐるかな
近き家いと悲しげにこちたくも香焚く日なりうぐひすの声
びろうどの薄青色の机かけわが目のみ見る春のひるがた
南かぜ塵を上ぐればいみじかる初夏の日も灰色となる
三十路しぬ妄想邪見ややふかくなるとも知らずたのまる君に
きさらぎの雨となるともきさらぎの雪となるとも寝てあり給へ
京の子の小肩をこえてちる時に板屋紅葉は匂やかに見ゆ
鉢のもと一尺ばかり紅く這ふ花ゑんどうの薄あかりかな
あら磯の犬吠岬のしぶきをば肩より浴びてぬれしかたびら
たそがれの硝子障子に映りたる濡れし欝金のひともと銀杏
驚きて黒き瞳をわれ見はるツアラストラに耳を貸しつつ
金の蛇ここちよきかな身を咬みぬツアラツストラの杖を離れて
あらむこと残り少なきここちしぬ日のあかき昼月しろき夜
沖つ風吹けばまたたく蝋の火にしづく散るなり江の島の洞
病むわれのたよりなげにも歎く時かたへに慄ふ桜草かな
うばたまのわが洗ひ髪ちらし髪金の襖子にふるる初夏
水色の秋のあけぼの大海の真白く塗れる船に有らまし
かきつばたわれのやうなる気随者眉ひそめつつ人見るに似る
大きなる百合の落つるは艶めかし我のわかさの去るにくらべて