あかつきの竹にとまりて蝉なきぬわが鏡より出でし心地に
ひなげしの赤きと粗き矢がすりの御納戸うつる花皿の水
床几より足を垂れたる舞姫の前に絹ひく加茂川の水
春風も冷く吹くは白蘭の花のあたりに黄なる香焚く
吾妹子がくるぶし痛む病ひして柱によればつばくらめ飛ぶ
わが前に人らひろげぬなつかしき茜もめんの大阪なまり
あけくれの鶯の声きさらぎの春の面にうきぼりをする
木戸へ行く茶屋の草履にうち水のしぶきのかかる夕月夜かな
若き日は尽きんとぞする平らなる野のにはかにも海に入るごと
水草に風の吹く時緋目高は焼けたる釘のここちして散る
棕梠の葉も蓬の茎もをちかたに雷鳴れば砂をこぼしぬ
かずかずの心の難に勝ちし身も疲せて細りぬ夏の来れば
わが知らぬ砂漠の風の身を吹くと夏を歎ちぬ草のいきれに
日のささぬ蔭にわが子を寝さすれば足の方より昼も蚊の鳴く
齒ぎしりをする子の如く夜の樹にぎと短くも啼きて止む蝉
こほろぎは床下に来て啼く時にちちこひしなどおどけごと云ふ
自らを淡き黄色にかはりゆく秋の草とも思ひなすかな
夕月のひかりの如くめでたきは木立の中の月読の宮
曇りたる沖をながめて涙おつ心さびしや伊勢の海辺に
ものふりし鏡ならねで静かにも二見の浦は雨に曇りぬ
少女子の櫛笥の中を見るごとく小船のならぶ鳥羽の川かな
出で行くや港に入るや知りがたし島づたひする阿虞人の船
こすもすと紅きだりあと雨に濡るみだれしままに刈らぬ草むら
幾とせも仰がでありし心地しぬ翡翠の色の初秋の空
毛氈のはねず色をば木の下の床几に敷けば蜩の啼く