大ぞらへ魚みな上る夜のさまと月ある水の見えもこそすれ
黒檀の箱にをさめしわが抜毛墓かと思ふ時のあるかな
娘にて蔵と座敷の中庭におつる銀杏をながめつる秋
しどけなく沼より秋の水おつる水門に行きわが鵞鳥啼く
錆びし釜二つ三つ門に置かれたる上を飛ぶなり銀のとんぼは
君と行く四条小橋の川端に牡蠣うづだかしあは雪のごと
貝がらを家家なりとうちならべ子と居る縁に秋の風吹く
白芙蓉きよらなること洗ひ米はた月しろにたとへつべかり
からす瓜風にふるへば思はれぬ高く尖れる屋根に鳴る鐘
萩の花斜めなる地に咲けるをばほそぼそ秋の風来り吹く
水いろの秋のみそらを行くとんぼめでたく清したをやめのごと
秋風や厚織物のごとくなる梢より落つ白楊の葉は
君を置き遠に去らむと心云ふ魔性の秋の夕ぐれの風
思ひ出づや紫苑一もと大ぞらの雲より高く立ちし草むら
なでしこの野に咲くごとく仄かなる紅も見ゆ今のこころに
いと高く穂上ぐる芒大ぞらの雲の心を覗けるすすき
白麻のしとねに寝れば秋風に抱かれて臥すここちこそすれ
手を借らん肩に倚らんと云ふごとく九月に入ればこほろぎの鳴く
あさましく心と心撃ちあへるさまにしづかになびく秋草
草むらを塔のごとくに見する風吹く夕ぐれは淋しかりけり
夕風や岩のくぼなる草かづらさと舞ひ上り波に鳥鳴く
夜の長し脚をとられしきりぎりす閻魔こほろぎおかまこほろぎ
後ろより蔵塗りながら物云ひし叔父など見ゆるみそはぎの花
萱の葉のかたちに習ふ人かとも自ら笑ふおもひ痩せつつ
もろこしの紅の葉なびく畑こそ秋の空よりなまめかしけれ