和歌と俳句

與謝野晶子

大ぞらへ魚みな上る夜のさまと月ある水の見えもこそすれ

黒檀の箱にをさめしわが抜毛墓かと思ふ時のあるかな

娘にて蔵と座敷の中庭におつる銀杏をながめつる秋

しどけなく沼より秋の水おつる水門に行きわが鵞鳥啼く

錆びし釜二つ三つ門に置かれたる上を飛ぶなり銀のとんぼ

君と行く四条小橋の川端に牡蠣うづだかしあは雪のごと

貝がらを家家なりとうちならべ子と居る縁に秋の風吹く

白芙蓉きよらなること洗ひ米はた月しろにたとへつべかり

からす瓜風にふるへば思はれぬ高く尖れる屋根に鳴る鐘

萩の花斜めなる地に咲けるをばほそぼそ秋の風来り吹く

水いろの秋のみそらを行くとんぼめでたく清したをやめのごと

秋風や厚織物のごとくなる梢より落つ白楊の葉は

君を置き遠に去らむと心云ふ魔性の秋の夕ぐれの風

思ひ出づや紫苑一もと大ぞらの雲より高く立ちし草むら

なでしこの野に咲くごとく仄かなる紅も見ゆ今のこころに

いと高く穂上ぐる芒大ぞらの雲の心を覗けるすすき

白麻のしとねに寝れば秋風に抱かれて臥すここちこそすれ

手を借らん肩に倚らんと云ふごとく九月に入ればこほろぎの鳴く

あさましく心と心撃ちあへるさまにしづかになびく秋草

草むらを塔のごとくに見する風吹く夕ぐれは淋しかりけり

夕風や岩のくぼなる草かづらさと舞ひ上り波に鳥鳴く

夜の長し脚をとられしきりぎりす閻魔こほろぎおかまこほろぎ

後ろより蔵塗りながら物云ひし叔父など見ゆるみそはぎの花

萱の葉のかたちに習ふ人かとも自ら笑ふおもひ痩せつつ

もろこしの紅の葉なびく畑こそ秋の空よりなまめかしけれ