わが日記稀にまことのことも書く底なき洞を覗くなりなど
貧しさをよき言葉もて云はむとす行者の浴ぶる水ならむこれ
われ昔長者の子をば羨みぬ今日愁ふるもその病のみ
いにしへのクレオパトラを飾りたる玉の色してめでたきダリヤ
わが痩せし肩など映す水のごと見ゆる月居てこほろぎの鳴く
素足してよろめきながら呼ばはりぬものを恨める十月の風
うら淋し浅葱と白のまだらなる七里が浜の秋風のいろ
秋風が目まぐるしくも吹くと云ふ草の中なる紅芙蓉かな
人間のいとなつかしき汗の香もまじへて白き花うばら咲く
わが夢を襲はむものの色したる牡丹の花もくづれけるかな
もの云へば否と答へむ口つきの椿の花もあはれとぞ思ふ
春の日の門の檐より落つる雨音羽の滝の音立つる雨
三月や朝夕雲のゆきかひにむらさきがちの空となりゆく
悲みのこころを通る足どりに少し似通ふ春の夕かぜ
つばめ来て波形描きぬ西山に土と変らぬ古き石段
四月来て桃咲きぬれば家の内に女うからの多きここちす
いづくにか町の娘の淋しやと息づく如き春の夕かぜ
拝むもの拝まるるもの変りなき唯だ一体の御仏の堂
菜の花に春の入日の落ちぬるは若き子の死ぬけしきなるかな
大空のうち曇りつつうす色の梅など散ればきさらぎ終る