和歌と俳句

與謝野晶子

わが日記稀にまことのことも書く底なき洞を覗くなりなど

貧しさをよき言葉もて云はむとす行者の浴ぶる水ならむこれ

われ昔長者の子をば羨みぬ今日愁ふるもその病のみ

いにしへのクレオパトラを飾りたる玉の色してめでたきダリヤ

わが痩せし肩など映す水のごと見ゆる月居てこほろぎの鳴く

素足してよろめきながら呼ばはりぬものを恨める十月の風

うら淋し浅葱と白のまだらなる七里が浜の秋風のいろ

秋風が目まぐるしくも吹くと云ふ草の中なる紅芙蓉かな

人間のいとなつかしき汗の香もまじへて白き花うばら咲く

わが夢を襲はむものの色したる牡丹の花もくづれけるかな

もの云へば否と答へむ口つきの椿の花もあはれとぞ思ふ

春の日の門の檐より落つる雨音羽の滝の音立つる雨

三月や朝夕雲のゆきかひにむらさきがちの空となりゆく

悲みのこころを通る足どりに少し似通ふ春の夕かぜ

つばめ来て波形描きぬ西山に土と変らぬ古き石段

四月来て桃咲きぬれば家の内に女うからの多きここちす

いづくにか町の娘の淋しやと息づく如き春の夕かぜ

拝むもの拝まるるもの変りなき唯だ一体の御仏の堂

菜の花に春の入日の落ちぬるは若き子の死ぬけしきなるかな

大空のうち曇りつつうす色の梅など散ればきさらぎ終る