紫の輝く花と日の光おもひ合はではあらじとぞ思ふ
中川の皐月の水に人似たり語ればむせび寄ればわななく
うつせみの我が薄ごろも風流男に馴れて寝るやとあぢきなき頃
憂き夜の悪夢とともになつかしき夢も跡なく消えにけるかな
春の野のうらわか草に親みていとおほどかに恋もなりぬる
革ごろも上に着たれば我妹子は聞くことの皆身に沁まぬらし
青海の波しづかなるさまを舞ふ若き心は下に鳴れども
春の夜の靄に酔ひたる月ならん手枕かしぬわが仮臥に
恨めしと人を目におくことも是れ身の衰へに外ならぬかな
五十鈴川神のさかひへ逃れきぬ思ひ上りし人の身のはて
橘も恋の愁ひも散りかへば香をなつかしみ杜鵑鳴く
人恋ふる涙と忘れ大海へ引かれ行くべき身かと思ひぬ
わりなくも別れがたしと白玉の涙を流す琴の絃かな
みをつくし逢はんと祈る幣帛もわれのみ神に奉るらん
道もなき蓬を分けて君ぞ来し誰にも勝る身の心地する
逢坂は関の清水も恋人の熱き涙もながるるところ
逢ひがたき斎の女王と思ひにき更にはるかになり行くものを
あぢきなき松の風かな泣けば泣き小琴をとれば同じ音を弾く
桜ちる春の夕のうす雲の涙となりておつる心地に
自らをあるか無きかの朝顔と云ひなす人の忘られぬかな
雁鳴くや列を離れて唯だ一つ初恋をする少年の如
火の国に生ひ出でたれば云ふことの皆恥しく頬の染まるわれ
若やかに鶯ぞ鳴く初春の衣配られし一人のごとく
盛りなる御代の后に金の蝶しろがねの鳥花たてまつる
身に沁みて物を思へと夏の夜の蛍ほのかに青引きて飛ぶ
露置きてくれなゐいとど深けれど思ひ悩める撫子の花
大きなる檀の下に美くしく篝火もえて涼かぜぞ吹く