和歌と俳句

若山牧水

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樹間がくれ 見居れば阿蘇の 青烟は かすかにきえぬ 秋の遠空

秋の雲 青き白きが むら立ちて 山鳴つたへ 天馳するかな

山鳴に 馴れては月の 白き夜を やすらに眠る 肥の国人よ

ひれ伏して 地の底とほき 火を見ると 人の五つが 赤かりし面

麓野の 国にすまへる 万人を 軒に立たせて 阿蘇荒るるかな

風さやさや 裾野の秋の 樹にたちぬ 阿蘇の月夜の その大きさや

秋のそら うらぷれ雲は 霧のごと 阿蘇の火つつみ 凪ぎぬる日なり

やや赤む 暮雲を遠き 陸の上に ながめて秋の 海馳するかな

雲はゆく 雲に残れる 秋の日の ひかりの動く 黒し海原

落日の ひかり海去り 帆をも去りぬ 死せしか風は また眉に来ず

夕雲の ひろさいくばく わだつみの 黒きを掩ひ 日を包み燃ゆ

雲は燃え 日は落つ船の 旅びとの 代赭の面の その沈黙よ

日は落ちぬ つめたき炎 わだつみの はてなる雲に くすぼりて燃ゆ

ぬと聳え さと落ちくだる 帆柱に 潮けぶりせる 血の玉の灯よ

水に棲み 夜光る虫は 青やかに ひかりぬ秋の 海匂ふかな

津の海は 酒の国なり 三夜二夜 飲みて更らなる 旅つづけなむ

杯を 口にふくめば 千すぢみな 髪も匂ふか 身はかろらかに

白雲の かからぬはなし 津の国の 古塔に望む 初秋の山

物々しき 街のぞめきや 蒼空を 秋照りわたろ 白雲のもと

雲照るや 出水のあとの 濁り水 街押しつつむ 大阪の秋