大阪は 老女に裾の 緋縮緬 多きに残る 日の暑さかな
浪華女に 恋すまじいぞ 旅人よ ただ見て通れ そのながしめを
酔うて入り 酔うて浪華を 出でて行く 旅人に降る 初秋の雨
山行けば 青の木草に 日は照れり 何に悲しむ わがこころぞも
住吉は 青のはちす葉 白の砂 秋たちそむる 松風の声
ちんちろり 男ばかりの 酒の夜を あれちんちろり 鳴きいづるかな
紀の川は 海に入るとて 千木の 松のなかゆく その瑠璃の水
紀三井寺 海見はるかす 山の上の 樹の間に黙す 秋の鐘かな
一の札所 第二の札所 紀の国の 番の御寺を いざ巡りてむ
粉河寺 遍路の衆の うち鳴らす 鉦々きこゆ 秋の樹の間に
鉦々の なかにたたずみ 旅びとの われもをろがむ 秋の大寺
旅人よ 地に臥せ空ゆ あふれては 秋山河に いま流れ来る
鐘おほき 古りし町かな 折りしもあれ 旅籠に着きし その黄昏に
鐘断えず 麓におこる 嫩草の 山にわれ立ち 白昼の雲見る
雲やゆく わか地やうごく 秋真昼 鉦もならざる 古寺にして
秋真昼 ふるき御寺に われ一人 立ちぬあゆみぬ 何のにほひぞ
みだれ降る 大ぞらの星 そのもとの 山また山の 闇を汽車行く
峡出でて 汽車海に添ふ 初秋の 月のひかりの やや青き海