和歌と俳句

若山牧水

人の声 車のひびき 満ちわたる ゆふべの街に 落葉ちるなり

眼とづれば はるかにとほく とぼとぼと 日に追はれゆく わがすがた見ゆ

秋かぜは 空をわたれり ゆく水は たゆみもあらず 葦刈る少女

足とめて 聴けばかよひ来 河むかひ 枯葦のなかの 葦刈りの唄

魚釣るや 晩秋河の ながれ去り 流れさる見つつ 餌は取られがち

わだの原 生れてやがて 消えてゆく 浪のあをきに 秋かぜぞ吹く

相むかひ 世に消えがたき かなしみの 秋のゆふべの 海とわれあり

ゆふぐれの 沖には風の 行くあらむ 屍のごとく 松にもたるる

音もなう ゆふべの海の をちかたの 闇のなかゆく 白き波見ゆ

行き行きて 飽きなば旅に しづやかに かへりみもなく 死なむとぞおもふ

ひたすらに 君に恋しぬ 白菊も 紅葉も秋は もののさびしく

病みぬれば 世のはかなさを とりあつめ 追はるるがごと 歌につづりぬ

あれ見たまへ このもかのもの 物かげを しのびしのびに 秋かぜのゆく

わかれては 昨日も明日も をとつひも 見えわかずして ひたに恋しき

仰ぎみて こころぞながる 街の樹の 落日のそらに おち葉するあり

われうまれて 初めてけふぞ 冬を知る 落葉のこころ なつかしきかな

落ちし葉の ひと葉のつぎに また落ちむ 黄なる一葉の 待たるるゆふべ

あめつちの 静かなる時 そよろそよろ 落葉をわたる ゆふぐれの風

はつ冬の ころのならひの 曇り日は 落葉のこゑの なつかしきかな

早やゆくか しみじみ汝に うちむかふ ひまもなかりき さらばさらば秋