和歌と俳句

若山牧水

少女等の かろき身ぶりを 見てあれば ものぞかなしき 夏のゆうべは

いささかを 雨に濡れたる 公園の 真の大路を 赤き傘ゆく

桐の花 落ちし木の根に 赤蟻の 巣ありゆふべを 雨こぼれ来ぬ

枝のはし 三つほど咲ける うす紅の 楓のはなに 夕雨の見ゆ

いたづらに 麦は黄ばみぬ 水無月の わがさびしさに つゆあづからず

八月の 街を行き交ふ 群集の 黙せる顔の なつかしきかな

とこしへに 逢ふこと知らぬ むきむきの こころこころの 寂しき歩み

涙ぐみ みやこはづれの 停車場の 汽車の一室に われ入りにけり

水無月の 山越え来れば をちこちの 木の間に白く 栗の咲く見ゆ

啼きそめし ひとつにつれて をちこちの 山の月夜に 梟の啼く

たそがれの わが眼のまへに なつかしく 木の葉そよげり 梟のなく

あをばといふ 山の鳥啼く はじめ無く 終りを知らぬ さびしき音なり

青海の うねりのごとく 起き伏せる 岡の国あり ほととぎす行く

紫陽花の その水いろの かなしみの 滴るゆふべ 蜩のなく

拾ひつる うす赤らみし 梅の実に 木の間ゆきつつ 歯をあてにけり

かたはらの 木に頬白鳥の 啼けるあり こころ恍たり 真昼野を見る

日を浴びて 野ずゑにとほく 低く見ゆ 涙をさそふ 水無月の山

真昼野や 風のなかなる ほのかなる 遠き杜鵑の 声きこえ来る

梅雨晴の 午後のくもりの 天地の つかれしなかに ほととぎす啼く

山に来て ほのかにおもふ たそがれの 街にのこせし わが靴の音

ゆくりなく とあるゆふべに 見いでけり 合歓のこずゑの 一ふさの花

六月の 山のゆふべに 雨晴れぬ 木の間にかなし 日のながれたる

ゆふ雨の なかにほのかに 風の見ゆ 白夏花の そぼ濡れて咲く

はるばると 一すぢ白き 高原の みちを行きつつ 夏の日を見る

放たれし 悲哀のごとく 野に走り 林にはしる 七月のかぜ

七月の 山の間に 日光の あをうよどむに 飛ぶつばめあり

暈帯びて 日は空にあり 山に風 青暗し ほととぎす啼く

生くことの ものうくなりし みなもとに 時におもひの たどりゆくあり

うち断えて 杜鵑を聞かず うす青く 松の梢に 実の満ちにけり

わがこころ 静かなる時に つねに見ゆ 死といふものの なつかしきかな