和歌と俳句

若山牧水

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ふた親も わが身もあはれ あかあかと 秋の夕日の かげに立つごとし

いづくにか 父の声きこゆ この古き 大きなる家の 秋のゆふべに

まんまるに 袖ひきあはせ 足ちぢめ 日向にねむる、父よ風邪ひかめ

父よなど 坐るとすれば うとうとと 薄きなむりに 耽りたまふぞ

とりわけて 夕日よくさす 古家の 西の窓辺は 父のよく居るところ

ほたほたと よろこぶ父の あから顔 この世ならぬ尊さに 涙おちぬれ

父よいざ出でたまへ たすけまゐらせむ この低き岡 越ゆることなにぞ

わがそばに こころぬけたる すがたして とすれば父の 来て居ること多し

さきのこと 思ふときならめ 善き父の 眉ぞくもれる 眉ぞ曇れる

親と児の なかのかなしき 約束の 解かれぬままに いま朽ちむとす

秋の日あし 追ひつつうつる 群れをおひ 父ひもすがら 蠅うちくらす

二階の時計 したの時計が たがへゆく 針の歩みを 合はせむと父

父がのを 聞くがつらさに われもせし 咳くせとなり あらためがたし

老いふけし 父の友どち うちつどひ 酒酌む冬の 窓の夕陽

どの爺の かほもいづれも みななつかし 善き父に 似たる爺たち

かくばかり 踏まれてもなほ うすうすと 青き芽をのみ ふくとすや生命

蜜蜂も 赤く染まりて 夕日さす かなしき軒を めぐるなりけり

痛き玉 掌にもてるごとし ふるさとの 秋の夕日の 山をあふげば

あかあかと 秋の入日に そめられて 落穂ひろへる、姪かあらじか

夕日の家 かずをたがへて 時をうつ 古き時計も 生きたるごとし