和歌と俳句

若山牧水

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なま傷に さはらぬやうに 朝夕の 世間話にも 気をおく納戸

ひとを憚りて われを叱れる 父の声 きかむとして先づ 涙おちぬれ

父と母 くちをつぐみて むかひあへる 姿は石の ごとくさびしき

家に出づる 羽蟻の話も 案のごとく この不幸者のうへに 落ち終りけり

母、姉、われ、涙ぐみたる 話のたえま 魚屋入り来ぬ、魚の匂へる

なぜに斯く 蜂多きならむ わが家の 軒のめぐりは 蜂ばかりなり

斯くおほく 蜂に見馴れては いつしかに 友だちのごと おもはるる、冬

酔ひざめの 水の飲みすぎ しくしくと 腹に痛みて 冬の朝来ぬ

ときどきに 部屋より出でて 身に浴ぶる 冬の日光の うす樺いろよ

帽子なしに 歩くくせつきし ふるさとの 冬の日光の わびしいかなや

母の声 姪の泣くこゑ とりどりの 肉声さびし わが家の冬

西の窓の 障子の紙が 血のごとく 夕陽にそ染む 父の背後に

鶏ぬすむ 猫殺さむと 深夜の家に 父と母とが 盛れる毒薬

泥棒猫を ころして埋むる 山際の 金柑の根の つちの荒さよ

死んだ猫を さげし指さきに 金柑を つみてくらへど きたなしとせず

前の山より 反射する 冬の日光の しづけき明るみ 包めり書斎を

その障子も この窓もみな しめきりて 冬の夕陽に 親しみて居り

褪せてちれば つぎなる小枝 さして置く 薔薇とわれとの 冬の幾日

起き出でて 戸を繰れば瀬は ひかり居り 冬の朝日の けぶれる峡に

今朝もよく晴れたり、今し朝食後の 散歩に越ゆる ちひさき冬の山