和歌と俳句

若山牧水

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あなかしこし 静けさ御魂に 触るるごとく 父よ御墓に けふも詣で来ぬ

御墓に まうでては水さし 花をさす、甲斐なきわざを わがなせるかな

喪の家の炉辺、榾火のかげに赤き母が指 姉がゆび我が指のさびしさよ

ものいはぬ われを見守る老母の顔、ゆふぐれの炉辺の うす暗さよ

いろいろに考ふれど心に染むことなし、来む明日さへ、おもへば恐し

空にひくき冬の朝の太陽、底無しの さびしき夜より 出でて来しわれ

起きいづれば 太陽はとく 峰にあり、氷れる渓に のぞみたる家

思ひだしたやうに水仙が匂ふ、水仙が匂ふ、朝の読書の机に

朱欒の実、もろ手にあまる朱欒の実、いだきてぞ入る暗き書斎に

雨のなかの 冬の樫の樹、灯の窓より樫にむかへる薔薇のくれなゐ

きゆうとつまめばぴいとなくひな人形、きゆうとつまみてぴいとなかする

載るかぎり 机に林檎をのせ 朱欒を載せ、その匂ひのなかに 静まりて居る

酒の後、指にあぶらの出でてきぬ、こよひひとしほ 匂へ朱欒よ

ざぼんの実の 黄にして大なる、りんごの実の そのそばにして 悲しみて匂へる

みちのくの 津軽の林檎、この林檎、手にとりておもふ みちのくの津軽